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はじめまして
[咲子と駿一のお話]




[1]



空が白んでゆくのを、眠れないまま布団の中で感じていた。
あの人は、あの人は誰なんだろう。
どこにいて、いつ出逢えるんだろう。
私の中にくすぶる想いは、種火のように胸の奥底に疼いていた。



「こちら秋山咲子さん。今年20歳になったばかりでまだ短大を出たばかりですけれど、落ち着いていてこの年頃とは思えないほどしっかりしてらっしゃいますのよ」
「初めまして・・・」

く、苦しい。
今日の帯、少しキツク締めすぎなんじゃないの、お母さん。

「咲子さん、こちら植村周五郎さん。ちょっとお年は離れていらっしゃいますけれど、お優しくてとてもいい方よ」
「初めまして、咲子さん。本当に花のようなあなたにふさわしい美しいお名前ですね」

げ。
さむー。
気持ち悪ーい。
しかも「しゅうごろう」ってムツゴロウじゃあるまいし。

私は前にいるその男を見もせずに、その場をやり過ごしていた。


私の家はいわゆる中小企業で。
このご時世やっぱり例に漏れることなく経営は安定してなくて。
私は使い駒のように今年に入ってからお見合いを繰り返している。
分かってるのよ、私が短大行けたのだってお父さんとお母さんが本当に苦労したからだって。
けれど、だからってこんなカタチで私の人生決まっちゃっていいものなの?
それでも毎回2人の本当に心苦しい、みたいな辛そうな顔見て断れない私がいる。

私はこの就職難にやっとこさ、小さいけれど結構気に入っている会社に滑り込めて。
まだまだ新人だし事務だから何も出来ないけれど、それなりに夢だってあって。
日々一生懸命私が出来ることやってるつもり。
だけれど、このままだったらいつかこの数あるお見合いの中から1つ選ぶことになって、その望みもしない結婚のために仕事も辞めて。
私にだって好きな人はいた。
けれど私がその人を想ってのぼせてる間に彼は、私の家の経営が苦しいと知って離れていってしまった。
それ以来出逢いもないし。
何でだろう。
何でこんなに上手くいかないことばかりなんだろう。


「それでは後は若い2人にお任せして・・・」

え。
ヤダ。
行かないでよ。
こんな人と2人っきりにされても、何も話すことなんてないんだけど。

「じゃあね、咲子。ごめんなさいね」

お母さんが立ち上がるとき私だけに聞こえるくらいの小声で言った。
私はお母さんのこの「ごめんなさいね」に弱い。
それを知ってかしらずかお母さんはいつも私が逃げ出したいときに限ってこの言葉を私に告げる。
それはまるで呪縛のように私を縛ってもう動けなくさせる。

「では咲子さん、外を少し散歩でもしませんか」

私は頷いてムツゴロウについていくことしか出来なかった。



天気いい日。
私はこんな日に人生が決まってしまうかもしれないんだ。
そう思ったら、哀しくて。
横を歩くムツゴロウを盗み見た。
予想通りの気持ち悪さと私を舐めるように見つめるその目がいやらしすぎて、一瞬目があったけれど笑ってごまかした。
そしてまた目をそらした。

さすがお見合いをするホテルだけあってお庭は広くて。
私はムツゴロウに促されるままに庭の中心にある池の周りを散歩していた。

「咲子さんはご趣味は何ですか?」
「え・・・絵を描くことです・・・」
「へぇ、絵を。どんな絵を描かれるんですか?」

どんな絵って・・・・。
こういう綺麗な緑や、そうそう、あんな風に咲く花を描いたり・・・。

え―――。

そこで私の思考は停止した。
だって目の前にいたのは、いつも夢に出てきたその人にそっくりだったから。

「咲子さん?どうかされましたか?」
「い、いえ・・・」

そう言いながらも、私の目は彼に釘付けになっていた。
池の淵の大きな岩の上に座って大きめのスケッチブックに何か一生懸命に描いている彼。
その綺麗な横顔や、スッと通った鼻筋、繊細な動きを見せる指先。
この世にこんなに夢の中に出てきた人にそっくりな人がいるとは思えなかった。
何を描いているんだろう。
あの池の鯉、かな。
あんなに一生懸命になって・・・。
その瞳をこちらに向けてくれたりしないかな。
・・・はっ。
何考えてるんだ、私。
恥ずかしい。
私は久しぶりに顔がほてっていくのを感じていた。
すると彼にその想いが通じたのか、彼も一瞬こっちに振り返った。



デジャヴ。



やっぱりこの人は夢で逢ったあの彼なのだと思わざるを得ないほどの長い一瞬。
それは私にとっては永遠にも感じられた。
彼の瞳は真っ直ぐに私を見て。
私も真っ直ぐに彼を見つめていた。

「駿!」

そしてそれは女の子の声によって打ち切られた。
彼にその子が飛んでかぶさってきて、彼が後ろにひっくり返ったからだ。
・・・何だ、彼女がいたんだ。
それは彼と同い年くらいの女の子で、私がもう何年も前に忘れてきてしまったような「全身スキスキビーム」を彼に向かって発してた。
私はそれを見て現実に戻った。
私の隣にもどう見ても周りからは私の連れとしか思えない男がいたことを思い出して心の中で自嘲した。
ムツゴロウだけれど。

そして私はムツゴロウを促してホテルに戻っていった。





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