告白
きっとあの言葉が忘れられないくらい胸を突いたから。
だから私の心は、こんなにも深く彼にさらわれてしまったんだと思う。
*
「康介さん」
いつもの場所に、今日も彼が座っている。
彼の専攻は環境学で、周りには何冊か積まれた本。
私はそんな彼に声を掛けて近付いてゆく。
ふと顔を上げた彼が私に気付いて目がちょっと笑う。
可愛い。
申し訳ないと思いつつ、そう思ってしまった。
図書館は最近ちょっと混んできている。
仕方ないか、私がそうであるように、世の中には数十万の受験生がいるのだから。
家じゃなかなか勉強はかどらないもんね。
それでも私は彼の前に運良く座ることが出来た。
*
ある意味こっちのほうが勉強できないかも。
そう気付いてしまってからは、彼にバレないように祈りつつ彼の勉強している姿を盗み見てしまう。
彼はいつも真剣に勉強しているから、そんな私に気付かない。
将来は珊瑚を守る環境を作れる学者さんになりたいんだって。
それを初めて聞いたのはもう4年も前のことになるなんて、なんか不思議。
あの時、私が留学したいけれど決断出来ずに悩んでいたとき、1番厳しかったのは彼だった。
その言葉に不覚にも泣いてしまったことが懐かしい。
だってあの頃は、毎日に追われて本当に夢を追いかけていける自信なんてなかった。
将来のことなんて何も見えなかったから。
何がしたいのか分からずに、とにかく不安で。
それをどこから模索していいかも分からなくて、夢に向かっていた彼にそんな思いを打ち明けたのが最初だった。
「愛里ちゃん、夢を持つことはとても大切だと思う。ただ、単純に留学に対して憧れているとかそういった感覚なら止めたほうがいい。だってそれだったら何の利益もないからね。だけれど、もし君が本気でそうしたいと思うなら、それをやる前から諦めてしまうのはどうだろう。君がやるしかないことを他でもない君自身が諦めてしまったら、君は負けたことになる。それでもいいの?本気なら、失敗なんて何回だってすればいい。僕は愛里ちゃんが例えどんな風になってもずっと味方だよ」
ずっといつでも優しかった彼。
その言葉も厳しいようで、充分優しかった。
本当にそう思ってくれているから。
そして私はその一言で気付いた。
気付かない振りして本当は、もう出逢った頃から彼が好きだったのだと。
今は、少しでも康介さんといてもおかしくないような大人になりたい。
ぽんぽんと頭を優しく撫でてもらうだけの女ではいたくない。
*
きっとあのときの彼女があんなに眩しく映ったから。
だから僕の心は、こんなにも強く彼女に惹かれてしまったんだと思う。
*
しまった。
彼女がいることを忘れて勉強に没頭してしまい、まずいと思ってふと顔を上げると、案の定うー、と唸っている。
本当に理数が苦手なんだな。
今も問題を目の前にして止まった指先が動かない。
彼女はそんな風にして慌てていた僕に気付いていない様子で、ちょっとホッとした。
ただでさえ彼女といると落ち着かないから。
だからこうやって盗み見ることしか出来ない僕。
何だか自分で情けなくなる。
可愛いなぁ。
頭を抱えて、参考書と睨めっこしている彼女。
この頃は臆面も無くそう思うようになった。
仕組まれたかのようにして出逢ったあの頃は、そう思うことすら恥ずかしかったというのに。
でも、1度離れたから余計にそう思うのかもしれない。
2年という月日は、僕にはとても大きかったんだ。
「康介さんのおかげで、本当に真剣に将来のことについて考えることが出来ました。・・・やっぱり私、留学したい。生の文化に触れてきたい。そう思います。だから、決めました。本当にありがとうございました」
そう告げた笑顔を、僕は2年間一時も忘れることが出来なかった。
そして今、彼女は僕の目の前にいる。
今ではこうして、週に1〜2回図書館で数学を教えたりしている。
偶然逢うから自然にそうしているだけだけれど。
ただ、それが何回も積み重なって彼女の色々な表情とか、好きなこととか、必要以上に知ってしまって実は困っている。
これ以上惹かれてしまったら、僕は、彼女のことを。
ふいに目を上げた彼女と目が合う。
逸らすことも出来ずに見つめてしまう。
「あの、康介さん」
「ん?何?」
「ここなんですけど・・・」
どうやら根を上げたらしい。
彼女から差し出された参考書に目を通す。
何だ、これか。
うん、これはちょっと難しいかもしれない。
「ああ、これね。これは・・・」
「あっ!」
「!」
一瞬息が詰まった。
おそらくビックリしたままの顔で、僕は参考書から彼女のほうに目をやる。
彼女も予想以上に僕が驚いたことに逆に驚いてしまったような顔をしている。
「あ、あのっ!ヒントでいいですからねっ?」
ん?
彼女がうっすら頬を赤くしてそう言う。
・・・あ、そうか。
この間のアレだ。
彼女がこの間もこうして悩んでいたから、うっかり答えを教えてしまったんだった。
そうしたら、「教えてくださるのは嬉しいけれど、答えじゃダメです!」と言われてしまって。
そうかそうか。よし。
僕の頭の中にまるで双子の弟妹がするような悪巧みが浮かんできた。
「だからこの答えはね、」
「康介さんっ!聞いてますか?」
「うん、聞いてるよ。だからね、」
「康介さん〜っ!」
うん、可愛い。
いじめちゃいけないって分かってるんだけれど、こうするとますます彼女が可愛く見えるから困る。
そんな彼女が見たいって思ってしまうのも、高井先生の思うツボだな、なんて微妙な気持ちになるけれど。
それでも顔は正直だ。
嬉しくなって、ついつい笑いそうになってしまう。
「じゃあヒントにする」
「はいー、最初からそうしてくださいよ、もうっ」
「分かった。・・・28だよ」
「?・・・康介さんっ!!それ答えじゃないですかぁ!!」
「そうだっけ?じゃあ次はヒントにするね」
「うわーんもう聞きませんよっ!」
彼女がまたまた可愛らしくぎゅっと両耳をその小さな白い手で塞ぐ。
「愛里ちゃん」
「あーあーあー」
彼女は頭までふるふると振って、聞かないことに固執している様子。
本当に聞こえてないのかな。
その一生懸命さに、何となく大胆な気持ちになってくる。
もし、今はまだ口に出すほどの自信のないこの思いを告げてみたら。
「愛里ちゃん」
「聞きませんよ、絶対。次こそ自分で解くんですからっ」
まだ聞こえてしまったら困る。
でも、いつか口に出して伝えられたらいいと思う。
だから今はまだ、聞こえないままで。
「君が好きだよ」
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